特集ワイド:巨大地震の衝撃・日本よ! ルポライター・鎌田慧さん

◇見よ繁栄下の「踏み台」−−ルポライター・鎌田慧さん(72)
 約束の時間きっかりに、鎌田慧さんは現れた。

 「やあ、お待たせしましたか」。柔らかな物言いと物腰−−。社会の矛盾を厳しく追及し、権力と闘い続ける超硬派のルポライターである。 3.1 フィリップ リム「こわもて」像をイメージしていた不明に恥じ入った。

 東京・渋谷。待ち合わせたホテルの喫茶室は、高さ10メートルはある大きな窓から春の陽光がさんさんと降り注ぐ。

 「(福島第1原子力発電所の事故後)テレビで『クリーンエネルギー』って言葉を使う識者が増え始めていますよね。太陽光とか風力発電とか、クリーンエネルギーの導入を真剣に考えるべき時だと」

 太陽光類は一般に「再生可能エネルギー」「自然エネルギー」などと表現されてきた。これまでクリーンといえば原発。二酸化炭素、温室効果ガスを発生させない地球に優しい、しかも安定供給できるエネルギー−−そう国や電力会社は主張してきた。

 「それが意味が変わったんでしょうか……」

 鎌田さんは米スリーマイル島原発事故(79年)が起こる前から既に40年近く、地震列島・日本での原発建設に警鐘を鳴らし続けてきた。

 <いまのわたしの最大の関心事は、大事故が発生する前に、日本が原発からの撤退を完了しているかどうか。つまり、すべての原発が休止するまでに、大事故に遭わないですむかどうかである>

 「原発列島を行く」(集英社新書)でこう記したのは、01年3月だった。<国が銀行を救済したように、将来、破綻経営の電力会社にも、「救済資金」として血税を垂れ流すつもりか>とも、書いた。10年後、危惧はそのまま現実となって目の前にある。

 「ほれ見たことかと、僕が思っている? とてもそんな気持ちにはなれませんよ」。ひと口コーヒーをすすった。「いったい何をやってきたのか。自家発電機で暮らすとか無人島に住むとか、僕自身、消極的な抵抗もしていない。すでにある存在として原発を認めていたのではなかったか」

 重い空気が、流れた。

 鎌田さんは、日本は「原発体制」下の国だという。戦時体制ならぬ原発体制。「政府、官僚、電気事業連合会、経団連、学者にマスコミ−−。原発を正当化するため国家が『総力戦』を展開してきた」

 世論の形成合戦なのだという。「反対派が、地震が起こる、原発は危険だと叫ぶでしょう。推進派は、危険と言われれば言われるほど安全性を強調し、ついには『絶対』という言葉が付く。全く非科学的。『不敗神話』の押し付けだったんです」ショルダーバッグ

 小さな事故が起こると、国民はショックを受ける。推進派は電力供給量の不足などを盾に節電を呼び掛け、原発は必要だと説き回る。ショックは時とともに消えうせ、世論は再び無関心に戻っていく。

 07年の新潟県中越沖地震。柏崎刈羽原発の敷地で赤黒い炎が上がったテレビ映像は、日本中を揺るがせた。だが半年後には、世の関心事は「ミシュラン」ガイド東京版などに移っていた。

 「しょせん東京にとっては遠い地方での出来事だったんです」。福島や新潟の原発に支えてもらっているとの意識は薄い。放射能の恐怖と運転再開の是非のはざまで苦しむ地元の悩みに思い至らない。まして「どうせ高額なカネが落ちているんだろう」と高をくくる人間の性根が、鎌田さんには理解できない。

 青森県で生まれた。古里には、東北電力の東通原発のほか、建設中の東通原発(東電)や大間原発(Jパワー=電源開発)、さらに「核のゴミ捨て場」とされる使用済み核燃料再処理施設(六ケ所村)がある。「立地点を見てください。へき地、過疎地、政治の光が当たらなかった地域ばかりです」

 計画が進めば、工事用の道が通り、港ができ、建設業者が潤う。雇用も生まれる。完成すれば、固定資産税が入るし、国からは多大な関連交付金が流れてくる。電力会社もハコモノ造りのためなどに寄付金を贈ってくれる。

 「原発ほどカネで人心を惑わす汚い事業はないですよ。危ない物は1基でも2基でも同じと、地元は次々に受け入れる。毒まんじゅうです」。飛行機も落ちるかもしれないが、まあ大丈夫だろうと自分の意思でスピードを買っている。しかし原発は、地元首長や議会が賛成すれば、反対運動はあっても建設される。

 「首長たちは原発に伴うカネを『メリット』と呼び、安全は『国が保証している』と思考停止。政府と電力会社のモルヒネのようなカネ漬け攻勢です」。最終的にそのカネは、電気料金に上乗せされていく。

 今、福島の現場ではどれほどの人々が被ばくの恐怖と闘いながら作業を続けているのだろう。鎌田さんは、自動車工場での非正規労働者の「非人間的な労働」をルポしたことがある。作業員を「日常的に被ばくさせる」原発の労働環境もずっと批判してきた。

 電力会社や原発メーカーの下請け社員募集は、ネット上に流れている。事故後は「日給3万円(3時間勤務)」の急募もあった。

 「僕は彼らに『行くな』と言えない。でも自分の家族が行くとなったら、体をはって止めるでしょう。健康状態に10年後、どんな影響が出てくるか。私たちの繁栄は誰かを『踏み台』にして成り立っている。その想像力の欠如こそ原発体制の罪なんです」 セリーヌ

 鎌田さんは原発の段階的な廃止を訴える10万人規模の集会を9月19日に都内で開く予定だ。大企業の労組は当てにしない。個人の参加に期待する。「これまで原発の建設と安全宣伝につぎ込んできた何兆円ものカネを今度は、自然エネルギーに特化する」。そうでもしないと、自身の苦しみは清算されないと感じている。「原発反対と書き続けながら大事故を防げなかった。僕も切迫感が足りなかった」。福島の事故で故郷を離れざるを得ない人たちや、被ばくした人たちからの批判は反対派も免れないだろうと思っている。「対決の思想と行動が弱かった」と。

 時間はあまりない。東海地震は今世紀前半に発生すると予想されている。震源域には浜岡原発がある。「日本は2個目の原爆を落とされるまで負けを認めなかった。その愚を再び繰り返すつもりなのか」

 鎌田さんと別れて、地下鉄のホームに向かう。果たして原発のない社会は実現できるのか。世論は二つに分かれているようだ。胸のポケットに入れた携帯電話が鈍い音を立て始めた。ショルダーバッグまた、緊急地震速報だ。